怒チーム

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某国国境。23:00。
 空には雲ひとつなく、広すぎる天に満月が浮かんでいる。
 風速1メートル。気温19度。湿度50%。
 霧もなければ靄も期待できない。
 平和で快適で静かな一夜だが、極秘裏の侵入作戦には全く不向きの状況である。
「……ったく、おいクラーク。もっと他の日を選べなかったのかよ?」
「俺に言われても知りませんよ。なぁウィップ」
「国境警備隊の入れ替えがあるのは月に1度。……今日しか侵入の機会がないと判断したのはラルフ大佐ですよ」
「私も記憶しています」
「ほら、レオナもそう言ってるじゃないですか」
「ちったぁ上官を庇おうって気はないのか? 全員で論理的に攻撃してきやがって」

 国境間近の危険地帯までには、まだ距離がある。
 侵入作戦に従事する彼らの表情にも態度にも、軽い緊張感が漂う程度だが、本番はあと数キロ前進してからの話である。そこからは修羅場だ。

 夜とはいえ、満月の照らす荒野は充分に明るい。
 野戦服に身を固めた傭兵たちの足取りも軽いが、反面、周囲から丸見えではないかとの恐怖感も感じる。誰も見ていないとわかってはいても、岩から岩、潅木から潅木へと体は自然に影を選んだ。バンダナがトレードマークのラルフ。普段サングラスを外さないのがクラーク。無口な女戦士レオナ。操鞭術の達人ウィップ。4つの影が沈黙のうちに進む。

「!!」
 一行の最後尾を進んでいたウィップが、突然立ち止まり、鞭を取り上げて構えた。その一連の動作は、訓練がもたらした反射的行動である。
 そのわずかな気配に、前を進む3人も即座に戦える体勢を取った。
「おい、どうしたムチ……子……」
 振り返ったラルフがウィップに視線を送ると、そのウィップの周りだけが、すっぽりと濃い影に覆われているのが目に映った。ウィップの背後に、巨大な闇が広がっていた。それは立ち止まっているウィップをゆっくりと包み込み、レオナ、ラルフ、クラークと、彼ら全てをその「影」の下に飲み込んだ。
「レオナ、速度わかるか?」
「影の移動速度からすると、目測で時速5キロから6キロ」
「はん。遊覧飛行中かよ。クラーク、目標の高度と大きさは?」
「高度は約1000メートル。全長は……」
「どうした、目標の大きさは?」
「約400メートル」
「400?! 何かの間違いじゃないのか?」
「間違いありません。1312フィートで1320尺。大佐の212人分です」
「ありがとよ。タバコなら何本分なんだ?」
「4444本」
「……まいったぜ。航空母艦よりデカい風船かよ」

 空には、巨大な飛行船が浮かんでいた。
 その影は4人の上にまるごとかぶさり、いまだに月の光を遮り続けている。
 おそらく今は動力を停止して漂うに任せているのだろう。一切の音がしなかった。月明かりでは船体色が判別しづらいが、おそらく暗青色系に塗装された船体。しなやかな流線形の、高貴で優美なデザイン。

「ムチ子、撮影しただろうな?」
「……」
「ムチ……ああもう、めんどくせえ。ウィップ! 撮影したんだろうな!」
「終了しました。データの暗号化と圧縮も完了。隊長に転送しますか?」
「今回の任務に直接関わりはないし……て無視するわけにもいかねえよな。国境の危険地帯に、あんな化け物が平気で浮かんでやがるってのだけでも大スクープだぜ」
「データの発信のみでも、我々の位置を特定される可能性はありますが」
「わかってる。何年この商売やってると思ってるんだ。リスクは承知だ。報告しとけ」
「了解」
 ゆっくりと過ぎ去って行く巨大な飛行船から、レオナはずっと視線を切らさない。何かを思い出そうとするかのように見つめ続け、そしてぽつりとつぶやいた。
「どこかで見た……。そんな気がする」
「そりゃ考えすぎだぜレオナ。あんなデカブツに見覚えあるはずが」
 ラルフとクラークは、同時に表情を曇らせた。
 見覚えのあるはずがない。しかし、この既視感は……

* * * * * * * *

「ローズ様、先ほど感知した4人分の生体反応ですが、再び移動を開始しました。一瞬ですが電波を発信した形跡があります。暗号化データ通信のようです。何らかの諜報組織関係者の可能性もございますが」
「そう……。お兄様から連絡は?」
 応じた声は若々しい女性のものである。報告の内容は全く気にもとめていない。
 コンパクトにコンソールが取りまとめられた飛行船の操縦室。そのうちひとつのディスプレイに、金髪の少女が映っている。別室の彼女と直接連絡を取れるシステムらしい。
「予定どおり太平洋上で合流する、とだけ」
「そう……。退屈ね、グアン」
 ローズと呼ばれた少女は、自らの金髪を弄びつつ、足元にうずくまる黒豹にしゃべりかけた。黒豹はまるで猫のように、その額を主人の脚にこすりつけた。
「先ほどの者たち、いかがなさいますか?」
「興味ないわ。捨てておきなさい」
「は……」

* * * * * * * *

「司令。キング・オブ・ファイターズが、たった今、全世界で一斉に開始されました」
「ご苦労」
 隻眼の傭兵隊長ハイデルンは、現在国際警察組織に協力を要請され、KOF……キング・オブ・ファイターズに隠された謎を調査していた。
「参加2部隊の戦況は逐次報告するように」
「了解しました。それから先月報告のありました飛行船の推定スペックです」
「推定?」
 手渡されたOAペーパーには、ごく簡潔に以下の数字が並べられている。
 全長400メートル以下。全幅50メートル以下。最高速度は時速180キロ以上、航続距離は6万キロと推定。画像データを元に算出したデータなのだろう。
「これだけ調査時間をかけて、これほど特殊な機体の所有者が不明なのか?」
「申し訳ありません。有形無形の妨害が激しく。それから機体には何らかのアンチレーダーシステムを搭載していると推測されます。……推定や推測ばかりですが」
(気になる……なんだこの胸騒ぎは)

 ハイデルンは謎の飛行船に対して更なる調査を命じたが、調査機関から正式報告が入るのは、KOFが終了してからのことになる。
 後に明らかになったことではあるが、船名は「SKY−NOAH」。
 所有者の名前は……