餓狼チーム      

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待ち合わせの喫茶店に、テリー・ボガードの姿はまだない。
 オープンテラスのその席は、通りから丸見えである。華奢なつくりのイスに腰をおろしているのは、体格の良すぎる二人の男だった。そのうちひとりはムエタイのチャンプで、もうひとりはプロレスのチャンプである。

「……黙ってないで、茶でも飲めよ」
「ノー」
「だからさ、そのトリのマスク脱ぎゃあ飲めるだろ?」
「トリではない。グリフォンマスクだ」
「知るかよ。とっとと脱げ! あんたのステキなマスクのおかげで、さっきから俺まで晒し者になってんだよ!」
「注目されるのはヒーローの宿命だ」
(……テリー、アンディ、何遊んでんだ。早く来てくれ……)
 ジョーも目立つのは嫌いではない。しかし目立つのと見世物になるのとは違う。目立ち方には、ジョーなりの美学と哲学が込められていなければならないのだ。
「あ! グリフォンマスクだ! グリフォン! サインしてよ!!」
「はっはっは。いいとも」
「わーい、ありがとう!」
 喜びに顔を紅潮させながら、子供が席を離れようとして……ジョーと目があった。
「え、えーと、サインもらえますか? 確かグレートニンジャ・ミナミさんですよね。この前グリフォンとのタイトルマッチで負けて、子分になったっていう」
「坊ちゃん、よーく聞けよ……」
「は、はい」
 ジョーのトレードマークのハチマキを外せば、コメカミに鮮やかに青筋が立っているのが認められたことだろう。
「俺はなぁ、何を隠そう、その名も高い」
「グレートニンジャのミスター・ミナミだろ? すまんな。遅くなった」
「あ、テリー遅えぞ! たまには集合時間くらい守りやがれってんだ」
 いつものラフなスタイルで、テリー・ボガードがそこにいた。彼は中腰になり、子供の視線に目を合わせて言った。
「ちゃんと”ミスター”をつけないと、ニンジュツでカエルにされちまうぞ? ミスター・ミナミは割と強いんだからな」
「う、うん。気をつけるよ」
「サインはもうもらったろ。今から大切な話しなきゃいけないから、あっちで遊んでな」「うん!」
 割と強いニンジャとして認知されたジョーは不貞腐れ、ワニのステーキを持ってこいと叫んでウェイトレスを困らせていた。テリーはコーヒーを注文する。
「そう荒れるなよ、ミスター・ミナミ」
「へっ 相変わらずガキの扱いは上手いじゃねえか」
「ユーは、幼い者への愛情が不足しているのではないか?」
「余計なお世話だトリ男。で、アンディは? 今回の大会……もちろんKOFのことだけどよ。参加するんだろ? するよな?」
 テリーは、その頑丈そうな肩をすくめた。
「おいおい、なんだよそりゃあ。まさかこのトリ男がアンディの代わりか?」
「トリではない。グリフォンマスクだ」
「そのとおり」
 名前を肯定したのかアンディの代わりということを肯定したのか、とにかくテリーはうなずいた。コーヒーが運ばれてくる。ワニのステーキは来ない。
「アンディの弟子、覚えてるだろ? ジョー」
 アメリカ人らしく、ミルクと砂糖を大量に投入しつつ、テリーがたずねる。
「弟子ぃ? ……ああ、なんたら丸だとかいう。確かまだガキじゃなかったか?」
「おたふく風邪、だとさ」
「……」
 弟子の命に別状はないものの、こじらせかけたのがどうしても気になる。だから今は日本を離れるようなことはしたくない……それがアンディからの伝言だった。
「へっ 甘っちょろい師匠だぜ」
「そう言うなよ。あれでも修行は厳しいヤツなんだぜ? まぁ修行とこういう事とは別ってわけさ。日本語で言うところの『コーシコンドウ』ってやつだな」
「コーシコンドウ……。師と弟子との美しい信頼関係を現す言葉か。日本語とはよいものだな。ユーの弟もいい男のようだ」
「あんたにゃ負けるさ。チャンプ」
 テリーとグリフォン。二人はテーブル越しにがっちりと握手を交わす。
「へーへー。せいぜい仲良くやってくれ。他にも麗しの日本語教えてやろうか?『アッチニイケ、コノブス!』ってんだ。ナンパするときに使ってみな」
「へー、どんな意味だ? 今回のKOFは日本人が主催するってことだからな。優勝のあいさつに日本語を混ぜるのは紳士の気遣いってもんだ」
「いいぜ、あとでたっぷり美しい日本語のレクチャーしてやる」

 テリーはコーヒーをカップの底まで飲み干した。
「そういうわけだ。今回はこのメンバーでよろしく頼む」
「俺は別に構わないぜ。どこぞのトリ男が、足さえ引っ張ってくれなきゃな」
「異存はない。正々堂々と戦えるならそれでいい」
「OK! 安心したよ。これでようやく父さんのところへアイサツしに行ける」
「? ……ああ、墓参りか」
「大会前は恒例行事でね。悪いがしばらくここで待っててくれるか?」
「冗談じゃないぜ。これ以上ここで謎のトリ男と同席させる気かよ。俺も行く」
「トリではない! グリフォンマスクだ!」
「うるせえ、てめぇなんざトリ男で充分だ。このトリ男トリ男トリ男〜!!」
「グリフォンマスクだ!!」

 テリーはイスに背をもたせ、上を見上げた。
 伸びた長髪が分かれて、高く広い空が広がる。
(父さん、今年は……何というかその)

「黙れってんだよトリ男! 毛むしって食っちまうぞ!」
「ユーこそ口を慎め! 私の名前はグ・リ・フォ・ン・マ・ス・クだ!!」

(……にぎやかで疲れる大会になりそうだよ)