紅丸チーム

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「大門五郎さんですね? 警察の者ですが……」
 母校の大学に柔道の特別講師として招かれていた大門は、突然の呼び出しに練習を中止し、警察署へと急いだ。ちょうど所用で訪れていた二階堂紅丸も同行する。
「おい大門、いったい何がどうなってんのか説明しろって。それとも真吾が警察に補導されてて云々ってことしか知らされてないのか?」
「うむ。そのとおりだ」
「ったく……。あいつ、いったい何やらかしたってんだよ」
 要領を得ないまま、二人は警察署に到着した。
 すぐに奥の一室に通されると、そこに今にも泣きそうな顔の矢吹真吾が座っていた。
「大門さん、それに紅丸さん! 俺は何もしてないんです! 信じてください!!」
「すいませんね大門さん。こいつがどうしても大門さんを呼べってうるさくて」
 担当の警察官と大門とは顔見知りらしい。警察学校の特別講師でもある大門は、寡黙な人柄の割に広い人脈を持っている。だが先に真吾を叱りつけたのは紅丸だった。
「おい、何で大門を呼びつけるんだよ! こんな時は親に連絡するのが筋だろ?」
「だって、こんなこと親に知られたら……。KOFにも参加できなくなるし」
「このアホが。……で、こいつ一体何をやらかしたんです? 殺人? 強盗?」
 紅丸が茶化す。真吾の無実を信じればこその冗談だが、もちろん誰ひとり笑わない。
「放火未遂です」
 にこりともせず警官は答えた。一瞬、紅丸と大門の顔がこわばる。
「だから誤解なんですって!」
「ふざけるな! 深夜に他人の家の前で『今度こそ火を出してやる』『あ、今火がついたかも』あまつさえ『燃えろーっ!』と騒いでいるのを私はしっかり見ていたんだ!」
 警官は机を平手で叩き、大門と紅丸は顔を見合わせて天を仰いだ。
(そんなことだろうと思った)
 真吾の人柄は二人とも熟知している。およそ犯罪行為に不向きな人間ということはわかっているが、それでもここに来るまでの道すがら、さまざまな悪い予想が浮かんでは消えた。それが全て杞憂だとわかって、安心するやら腹が立つやら。
「どうやら誤解だな。こいつの身柄は俺と大門が保証します。いいよな大門?」
「うむ。それでいい」
「まぁ大門さんがそうおっしゃるなら……」
 不満たらたらの警官は、それでも大門に免じて、早々に真吾を解放してくれた。

 三人は連れ立って警察署の玄関から表に出た。といっても真吾は二人の後から、とぼとぼと二人の影を踏まないようについてきているわけである。しばらく歩いたところで、
「あの……お二人とも……。ご迷惑をおかけしました!」
 体を直角に折り曲げた真吾の後ろ頭を、紅丸が平手ではたく。
「まったくだ。おおかた草薙流の特訓してたんだろうが、夜中に家の前で火がどうたらってつぶやく野郎がいたら、俺だって放火魔だと思うぜ」
「うむ。そのとおりだ」
「スイマセン。つい夢中になってて……何か火がついたような気がしたもので」
「そりゃ静電気か何かだって。じゃなけりゃ幻だよ。ま・ぼ・ろ・し!」
「う……やっぱそうなんですかね……。いや、でもやっぱり……」
 紅丸と大門は真吾の呟きを受け流して、再び大学までの道のりを歩いた。
 話題は、次のキング・オブ・ファイターズへの参加について。
 そう、今年もこの二人は大会に参加するつもりなのだ。
 真吾が話を拾い聞きしていると、大門は己の修行の成果を試すために。そして紅丸は自己顕示のためと……そしてもうひとつの理由が、初出場の参加者の一人が気になってのことらしい。肝心の箇所になると紅丸の声のトーンも落ちたが、それでも切れ切れに、麟、飛賊、セスなどの単語が漏れ聞こえてくる。
 その後ろを、やはり真吾はうなだれたままで追う。真吾の家は逆方向である。
「……あのさ真吾」
 紅丸が振り向いた。
「は、はい?」
「そうやってぐちぐち悩んでるのはお前らしくないぞ?」
「うむ。そのとおりだ」
「そ、そうですか?」
「そうだよ。京のしごきに笑って耐え、京のいびりも元気に忍び、京のパシリに喜んで従う。明るさとスタミナだけが取り得の猪突猛進型。それがお前だろ?」
「うむ。そのとおりだ」
「それって褒めてるんですか?」
「とにかくだ。次のKOFは俺と大門、あとはお前でチーム組むから覚悟しとけ」
「はい、身から出た錆なんで素直に諦め……え?! チームに加えてくれるんですか?」
「なんだよ、いやなのか?」
「でも、草薙さんはどうするんです? 俺、てっきり……」
「京の野郎は諸国を漫遊中だ。連絡が取れやしねえ」
「うむ。そのとおりだ」
 確かにそうだった。
 前大会終了後、真吾は草薙柴舟……京の父について定期的にトレーニングを積んでいた。
 場所は草薙家の片隅なのだが、その間、ほとんど京の姿を見たことはない。
「ま、あいつのことだからさ、ギリギリになって殴り込みをかけるつもりなのかも知れないが、そんなの待ってられないからな」
 ふっ、と紅丸の体が流れ、その拳が鋭く真吾の目の前に突き出された。真吾は体を数センチ逸らせ、間一髪、それをかわした。
 紅丸の右手に小さな電光が輝き、不敵な表情を下方から一瞬照らした。京や庵の影に隠れてはいるが、二階堂紅丸といえば世界屈指の格闘家なのである。
「ちったぁ上達したじゃないか。聞いたぜ? 鬼コーチの下で特訓してたんだろ?」
「え、ええ。まぁ」
「元気だせよ。お前が暗〜くなってると、こっちまでダークな気分になるんだよ。ただでさえ大門と組んでると地味なチームイメージになるんだから、頼むぜ」
「うむ。そのと……」
「よーし、じゃ、今日は何でもお前の頼みを聞いてやるよ。したいこと言ってみな」
「え?」
「いつもパシらせてばかりで悪いと思ってんだよ。いいから何でも言えって。大会前の景気づけってやつさ」
「ほ、ホントですか?」
「ああ、なんでもいいぜ? 何か美味いモンでも食いに行くか?」
 どうやら紅丸が本気だとわかると、真吾は目を輝かせてあれこれと思いを巡らせる。
「そうですね…… あ、そうだ! 一度やってみたいことがあるんです! 紅丸さん!」
「なんだ?」
「焼きそばパン買って来いッス!」

 大門と紅丸の時間が止まった。

「雷光拳!!!!!」
「ひぎゃああああぁぁっ!!!」
 特大の雷撃を見舞われ、ほどよく焦げた真吾が地面に転がってうめいている。
「いてて……やっぱ『買って来てください』って言わなかったのがマズかったかな」
「アホ」
「あ、でも今……確かに火が出たような気はします。……目から」


 彼ら三人のKOFエントリーが決まった瞬間である。